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猪苗代湖を静かに見守り続けてきた、三つの祈りの地
2026/08/09
前回は、標高514メートルから日本海と太平洋
二つの海へと注いでいく稀有な水瓶としての姿をご紹介しました。
その水を遡っていくと、たどり着くのは磐梯山。
会津の人々は古くからこの山を"宝の山"と呼び、山そのものを神と見立てる信仰は
時代を超えてこの地に生きる人々の心の拠りどころであり続けています。
今回は、猪苗代湖を静かに見守り続けてきた、三つの祈りの地をご紹介します。

■土津神社

会津藩祖・保科正之公を祀る神社。
正之公は初代会津藩主となり、四代将軍家綱の後見役として二十年にわたり幕政を支えました。
同時に、神道への信仰も篤くその奥義を究め、「土津」の霊神号を授けられました。
晩年、「死してなお、磐椅神社の末社として永く神に奉仕したい」
と遺言を残したと伝えられています。
境内の亀石に載る石碑は高さ七メートルを超え、神社の碑石として日本最大とも。

https://hanitsujinja.jp/

■磐椅神社

会津磐梯山の麓に鎮座する磐椅神社は、「いわきさま」と親しまれる
千五百年以上の歴史を持つ古社です。
その昔、磐梯山には人々を苦しめる足長・手長という魔物が棲んでいましたが、
行脚していた空海がこれを鎮め磐梯明神として祀ったという伝説が残ります。
境内には、村上天皇の勅使が奉納したと伝わる会津五桜のひとつ「大鹿桜」、
そして湧き出る霊水「宝の水」が静かに湧き続けています。

http://iwahashijinja.official.jp/

■慧日寺跡

平安時代のはじめ、奈良で法相教学を学んだ高僧・徳一によって開かれた、東北屈指の古刹。
都での仏教のあり方に飽き足らず、真の仏教を求めて東国へと渡った徳一は
山の神・磐梯明神を守護神として、磐梯山の麓にこの慧日寺を開きました。

当時、新興の天台宗を率いていた最澄とは
「三一権実論争」と呼ばれる仏教史に残る大論争を交わし空海に書簡を送るなど
都の高僧たちと肩を並べる学僧として知られています。
その教えはやがて会津一円へと広がり「仏都会津」の礎を築きました。

境内近くには、磐梯山から湧き出る名水「龍ヶ沢湧水」があります。
日照りでも涸れることがないとされ、江戸時代には雨乞いの儀式も行われた霊地。
龍ヶ沢湧水から庭園へ引水されており、多くの方が湧水を求めて訪れます。

https://www.town.bandai.fukushima.jp/site/enichiji/enichiji_0103_siryokan.html
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