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空海伝説【1】太古の塩、会津山塩 1
2026/09/19
山と水が語ること ― 会津・空海伝説【1】

塩のない村に、弘法大師が現れて
今からおよそ1200年前、平安時代のはじめ。
弘法大師空海がこの会津の山里、
北塩原村の大塩(おおしお)という集落を訪れたと伝えられています。

一夜の宿を借りたのは、ひとりの老婆の家でした。
しかし山深いこの土地には塩がなく、
老婆は満足なもてなしもできないことを、
ひどく申し訳なく思っていたそうです。

その様子を見た空海は、村人たちの暮らしを憂い、
岩の前で護摩を焚き、ひたすらに祈り続けました。
そして17日目、ついに岩が割れ、
そこから塩気を含んだ温泉が湧き出したといいます。
実はこれとよく似た伝説が、只見町にも残っています。

塩気のない粟粥しかもてなせなかった老婆に、
空海が塩分を含む霊泉のありかと
製塩の方法を教えて去っていった、という話です。
会津には、空海が塩を授けたという物語がひとつではなく、
いくつも語り継がれているのです。

村人たちはこの温泉水を煮詰めて塩をつくるようになり、
江戸時代には「会津山塩」として会津藩に献上され、
鶴ヶ城天守閣内の塩蔵に大切に保管されていたと伝わります。
記録によれば、文化2年(1805年)には
年間およそ404トンもの山塩が作られていたというから驚きです。

海から遠く離れた山里が、藩の塩を支える一大産地だったのですね。
ところが明治以降、国による塩専売制度が始まると、
山塩づくりは徐々に姿を消していきます。かつて「藩の宝」だった塩は、
いつしか「幻の塩」と呼ばれるようになりました。

<60年の眠りから、目覚めた塩>

そんな会津山塩が再び日の目を見たのは、2005年のこと。
「地元の特産品を残したい」という村と商工会の呼びかけをきっかけに、
地元の有志が立ち上がり、2007年、
およそ半世紀ぶりに本格的な製造が再開されました。
今も昔と変わらず
大塩裏磐梯温泉から汲み上げた塩分を含む温泉水を、
薪釜でじっくりと煮詰める昔ながらの製法を守っています。
大量生産のきかない、手間のかかる仕事です。
だからこそ、ひと粒ひと粒に山の恵みが凝縮されているのかもしれません。

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